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東京地方裁判所 昭和28年(ヨ)4038号 決定 1954年7月12日

申請人 王子百貨店労働組合外五六名

被申請人 株式会社王子百貨店

主文

申請人らの申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

申請の趣旨

被申請人会社が昭和二十八年七月二十五日申請人王子百貨店労働組合を除くその余の申請人らに対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人会社の負担とする。

との仮処分を求める。

当裁判所の判断の要旨

第一、申請人王子百貨店労働組合(以下単に申請人組合と称す)を除くその余の申請人ら(以下単に申請人ら従業員と称す)の申請について。

一、被申請人会社が肩書地所在の店舖において百貨店を経営し従業員百余名を使用していた株式会社であり、申請人ら従業員がいずれも被申請人会社の従業員であつたこと、被申請人会社が昭和二十八年七月二十五日申請人ら従業員に対し同日限り百貨店営業を閉鎖することを宣言し、同時に全員を即時解雇する旨通告したことは、いずれも被申請人会社の争わないところである。

二、申請人ら従業員は右解雇は申請人ら従業員が労働組合を結成しようとしたことを理由とする解雇であるから、労働組合法第七条第一号に違反し無効であると主張するので、まずこの点を判断する。

疎明によれば、被申請人会社はさきに昭和二十八年七月二日解雇通告を受けた光山らが、その解雇の不当を主張して、労働組合の結成により、解雇を撤回させようとして、店舖内の自己の職場その他店内で、他の従業員に対しビラを配布するなどにより従業員の労働組合結成に対する関心を高めようとするや、従業員がこれに同調することを恐れて、極力これを阻止しようとしていたが、同年七月二十五日労働組合結成大会の開会直前に至つて、突如会社を閉鎖する旨の宣言をしたことが認められる。こういう事実から考えると、被申請人会社が右のように閉鎖宣言をするに至つた動機の一つは被申請人会社の意に副わない労働組合が結成されようとするにあつたことは推測するに難くない。

しかしながら、飜つて被申請人会社が右閉鎖宣言をするに至つた事情を検討してみると次のとおりであることが認められる。即ち、疎明によれば、被申請人会社は主として現代表取締役鈴木仙八社長によつて企画せられ、百貨店経営を主たる事業として資本金四百万円(後に増資せられて千四百万円)をもつて創設せられ、昭和二十七年六月二十八日肩書地に百貨店を開いたものであるが店舖建設費に約一億円を要したため、資本金の大部分のほかにさらに多額の借入金をもつてこれに充てなければならなかつた。したがつて、営業用の回転資金はさらに借入金によつて賄わなければならなかつたが、その借入も円滑を欠き、またこれらに対する金利も経営を圧迫し、常に現金不足に悩み品物の価格の低廉の時に仕入れることに困難をきたした。のみならず肩書地における百貨店経営は既に建設の当初から他より危ぶまれている状態であつて、地域的には附近は工場地帯多く、住宅地が少く、店舖附近は絶対的交通量が少ない等基本的に劣悪な条件に加えて、従業員の殆んどが百貨店経営の経験のない者ばかりであつたので運営も思わしくなく顧客に対しても行届かない点が少なくなかつた。かような状況で営業成績芳しくなく出張販売委託販売等も行つたけれども、売上は開店当初こそ相当あつたが、次第に減少して一日僅か七万円位の時もあつた。それ故、同年十一月には銀行よりの融資を重ねて受けなければならなくなり、同年暮は四、五十万円から百万円の売上があり辛うじて越年することができたが、この場合も人件費設備費も勘案すると收支は依然として償わず、翌二十八年も正月二、三日はやや売上が多かつたけれども、その後減ずる一方で、やむなく千葉銀行に対し重ねて三千万円の融資を懇請することとなつた。そしてこれがためには、千葉銀行の要望により、昭和二十八年二月七日臨時株主総会において取締役を増員し千葉銀行より派遣された中村健吉を常務取締役として経営に参画させ、なお、百貨店経営の技術的援助を受けるため、千葉市内奈良屋デパートの副社長、経理部長、及び営業部長の三名に営業を担当させた。しかしながらそれらの努力にも拘らず営業成績依然として芳しくなく、毎月の欠損約三百万円に達し、昭和二十八年三月三十一日決算時において、借入金総額一億五千八百五十万円余(うち六十五パーセントは建設資金に充当されたもの)であり、同期の欠損金千四百八十八万円余であつて、これに前期の欠損金を合せて二千九百六十一万円が次期繰越欠損金となつたのである。そして中村健吉も、千葉銀行の売場を三階までとして従業員も八十名に減員すべきであるという営業縮少人員整理方針と、鈴木社長の急激な大幅縮少は避くべきであるとの強い方針との板狭みとなり、かたがた奈良屋より参加して来た人々が中村の財政引締策に反して店を拡張し商品を多量に仕入れるという営業方針をとつたのでここにも両者間にまさつが生じ、ついに昭和二十八年六月末中村は経営から手を引き、一方奈良屋から来た者も営業を投げ出してしまつた。そこで鈴木社長はなおも千葉銀行からの三千万円の融資に望みを託し独力経営に当つたけれども、千葉銀行は右のような事情に加えて光山ら解雇後の被申請人会社における労使間の紛争状態を見て融資を拒絶し、融資の望みも絶たれ、かつ唯一の希望をかけた七月中元時においても売行不振であつたため、自ら百貨店を引き続き経営することを断念せざるを得なくなつた。そこで会社の営業一切を他に譲渡し全従業員を引き継いで貰う方針のもとに、白木屋百貨店等に交渉したが、同百貨店もまた被申請人会社の労使間の紛争状態を見て、これを拒絶してきた。そこでもはや被申請人会社としては営業を継続する途が全くなくなり、鈴木社長はかねて株主総会より営業を継続するかどうかの裁量を一任されていたが、もはや万策つき、百貨店営業を廃止するほかはなしと考え、同年七月二十五日百貨店営業の閉鎖を宣言し、同時に全員解雇の通告をするに至つたものであることが認められる。

以上の経過によつてみるに、被申請人会社が申請人ら従業員を解雇したのは、百貨店の経営が不可能となり、百貨店営業を廃止しなければならなくなつたがためであつて、申請人ら従業員の組合活動の故になされたものでないことが明らかであるから、その解雇を目して不当労働行為であるとして、これを無効とすることのできないことはいうまでもない。もつとも形は営業廃止によつて解雇したのであつても、その実正当な組合活動をした者を排除して、新たな従業員をもつて営業を再開するために、営業閉鎖を偽装して解雇したような場合には、その解雇は真に営業廃止のためではなく、実は正当な組合活動をした者を排除するためになされたものであるから、解雇は無効であると解されねばなるまい。ところが本件では、そのような意図のもとに百貨店営業が廃止されたものと認められないことは、前に説明したとおりであるばかりでなく、疎明によれば、被申請人会社は閉鎖後は建物を賃貸して、その賃料を債務の弁済にあてることにし、現に閉鎖後は店舖全部を平和新天地建設株式会社に賃貸し、その賃料をもつて借入金の利息の支払に充てて居り、売残品はすべて早川朝重に対し二百五十万円で譲渡し、同人が三階を利用し一時商略上王子百貨店を背景としてこれらを売りさばいたことがあつただけであり、なお四階に被申請人会社の什器備品が保管されているが、他の各階は平和新天地建設株式会社において、それぞれ他に転貸し、転借人が、食堂、喫茶室、事務所、ダンスホールなどに使用して居り、被申請人会社として百貨店を近々再開する意図の見受けられないことが認められる。したがつて、この営業閉鎖を目して組合活動をする者を排斥するためになされた偽装の閉鎖とも認められない。

以上いずれの点からみても、本件解雇を正当な組合活動の故になされたものであるとは認められないからこの点に関する申請人ら従業員の主張は理由がない。

三、次に申請人ら従業員は被申請人会社は本件解雇通告にあたり、予告をせず、また予告手当も提供しないから解雇は無効であると主張する。しかしながら使用者の意思が即時解雇を固執する趣旨であると認められる場合は格別、そうでない限り、仮に解雇を予告せず、また通告と同時に三十日分の平均賃金を提供しない場合であつても、解雇の意思表示があつた日から三十日を経過したときは解雇の効力を発生するものと解するを相当とする。本件では即時解雇を固執する趣旨であると認められる事実がなく、解雇の意思表示があつてからすでに三十日を経過しているから、解雇は三十日の経過とともに効力を発生したものと解すべきである。(のみならず昭和二十八年十二月末日までには、申請人ら従業員に対しすべて三十日分の平均賃金の提供のなされた事実が認められる。)したがつて本件解雇の効力発生時期については問題はあるとしても、右解雇の意思表示そのものを無効とすることはできないから、この点についての申請人らの主張も理由がない。

したがつて、申請人ら従業員の本件仮処分申請は失当である。

第二、申請人組合の申請について

申請人組合はその所属組合員たる申請人ら従業員に対する前記解雇の意思表示の無効を主張してこれが確認請求を本案としてその効力を停止する仮処分を申請するのであるが、労働組合は所属組合員の無効確認を求める訴訟について特段の事由ない限り当事者適格を有せず、本件については特段の事由の主張疎明がないから申請人組合は解雇の無効確認を求める訴につき当事者適格を欠き、したがつてその保全訴訟についても当事者としての適格を欠くから(詳細は最高裁判所昭和二六年(ク)第二四号事件決定及び当裁判所昭和二七年(ヨ)第四〇四四号事件決定参照)、その余の点を判断するまでもなく本件仮処分申請は不適法である。

第三、以上の理由で申請人組合及び申請人ら従業員の本件仮処分申請はすべて却下すべく申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条により主文の通り決定する。

(裁判官 千種達夫 綿引末男 高橋正憲)

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